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なんとなく安かった『潮が舞い子が舞い』を読んだら衝撃を受けた

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そういえば最近、自己主張を目一杯だれかにぶつけた経験をしていないな、という気がしています。

どうして唐突にこんなことを書いたかというと、100パーセントこの『潮が舞い子が舞い』を読んでしまったからでしょう。こちらもamazonでやっていた秋田書店作品50%ポイント還元キャンペーンで安かったからなんとなく買った漫画です。本当に買ってよかった。


ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ここでご紹介する『潮が舞い子が舞い』は阿部共実さんの新作です。阿部さんと言えば、『ちーちゃんはちょっと足りない』や『月曜日の友達』などの異色の作風で有名ですが、簡単に言えばシュール、簡単に言わなくてもシュール、でも奥深く、切なく、力強さにあふれている作風です。

本作では、若気の至り、とでもいうものにまみれにまみれた「自己主張」や「失敗」が登場しますが、全体的にコメディタッチで清々しい後味を残してくれます。また、多種多様な登場人物からなる会話やトークは、おそらく他のどの作品でも読んだためしのない、異質の幻惑を呼び起こしてくれることでしょう。

こうして紹介していると、また読みたくなってきました……。月並みなことを言うようですが、とにかく面白いんです!
 

潮が舞い子が舞いのあらすじ

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「潮が舞い込む 海のそばの田舎町 今日もこの地には 潮やらなんやらいろいろ舞っている様子 しょっぱいすわ」

本作の第1話に記されている、誰かの独白です。海のそばにある男女共学の高校が舞台になります。ここに通う男子学生たち同士のだべりモードの回もあれば、女子学生同士のトークやら演説のような熱の入った自己主張の回もあります。また時には、団地のお隣さん同士との交流もあったりします。

恋の話やお年頃な話、時に哲学めいたり空回りして痛いお話だったりと、枚挙にいとまがありません。次は誰と誰が化学反応を起こして、どんな青春群像劇を見せてくれるでしょうか?

潮が舞い子が舞いの個性豊かな登場人物たち

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まずクラスメイトから

水木祐樹(男)

高校二年生。17歳牡牛座。クラスメイトの百々瀬とは幼なじみで、家族同士の付き合いもある。おっぱいが好き。弟が二人いるので面倒見はいい。個性的なキャラが周囲にひしめいているので、一番まともに見える。

百々瀬(女)

高校二年生。水木と幼稚園小中学校からの幼なじみでクラスメイト。特に異性としては意識していないらしいが、周囲はそうは思っていない。水木と同じく、周囲のキャラが濃厚なので一番まともに見える。ボケに対して的確なツッコミをしているが、相手が聞き入れることはほとんどない。三人兄弟の長女で、妹がよく水木になついている。

火川(男)

高校二年生。水木のクラスメイトで同じ団地。長身でわりとイケメンだが、百々瀬曰く「つまらない輩」らしい。15禁のセクシー映画を物色しているところをクラスの女子に目撃されて恥ずかしい思いをしている。

土上(男)

高校二年生。クラスの委員長で結構忙しい。背丈は低め。すごく頭が良いが、どことなく幼いところもある。クラスメイトの前島からよくギャルゲーを借りている。

一万田(女)

高校二年生。低身長で、百々瀬と仲がいい。クラスメイトの火川のことが好きだったが、15禁コーナーでセクシー映画を物色しているところを目撃してしまい、急速に恋が醒める。映画や本が好き。

五十嵐(女)

高校二年生。百々瀬と仲がいい。百々瀬と話しながら、水木をネタにからかうのが趣味。わりと背丈は高い方。

虎美(女)

高校二年生。狐塚曰く、「名と体は怖いけど本当はかわいい」らしい。マスコットキャラの画像検索をするのが好き。

犀賀(女)

高校二年生。おっとりとした外見のギャル系。スタイル抜群。男子女子を問わず気さくに話しかける。エロい話でも平気。

狐塚(女)

高校二年生。細長い目つきをしていて、いつも笑っている雰囲気をもつ。犀賀や虎美とよく絡んでいる。

右佐(男)

高校二年生。会話の中身や、自分の思っていることとは真逆のことを言うのがクセになっている。虎美、犀賀、狐塚などの女子グループによくからかわれている。鎖鎌が好き。

真鈴バーグマン(女)

高校二年生。北欧の血筋で外見もそれっぽいが、じつは日本育ちの日本国籍。英語の成績は悪い。時々関西弁が混じる。美人だが、社会生活上のルールや人間の欲望について、深いのか浅いのかよくわからない議論を勝手に始める変なやつ。


個性が揃ったクラスだ…続いて団地の住人たちです。

湖港(女)

水木と同じ団地の住人で、プロのマンガ家。そのわりに近所のレンタルショップでバイトをしてたりする。平日の朝から酒を飲んでたり、深夜のコンビニにいたりする。水木にはマンガ家だとバレているが、他の人には内緒にとクギをさされている。酒が入ると、よく同じ団地の浜さんに絡み出す。

浜さん(男)

水木と同じ団地の住人で、親と同居している。以前はコンビニ店員だったが、最近は無職らしい。湖港さんと仲がいいが、男女の関係に至ってるかどうかは不明。

潮が舞い子が舞いの見所(ネタバレあり) 全員「主役は私だ!」

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この作品には、特に主人公のような立ち位置のキャラクターは登場しません。そのため、第1話の扉絵にも書かれているとおり、「男子も女子も、みんながみんな主人公。」なのです。
 
個性の濃い主人公たちは、それぞれに友達がいたりなんとなくつるんでいたりする仲間がいますが、時々また別の仲間と触れ合ったり冗談を言い合ったりしています。そのため、お気に入りの主人公がいれば、その別の側面を垣間見ることができるかもしれません。それが、まずこの作品の見所のひとつです。

例えば、比較的登場の多い水木くんは、学校では猥談で盛り上がったりする反面、年上のお姉さんの前で緊張したり、意外と弟たちへの面倒見が良かったりもします。

長身のイケメンキャラで何気に女子に人気のある火川くんも、15禁コーナーのセクシー映画を物色していたりします。(その物色の仕方が真剣そのものなのが笑えます。いそうですよねこんな高校生)

他にも、「中二病」とひとくくりにするのが惜しいくらいの人材が登場します。例えば右佐くん。彼の会話シーンを初めて見た方は、彼が普通に他人とコミュニケーションを取れていて、わりと人気もあるかのような印象を受けるかもしれません。しかし、クラスメイトの虎美さんとの対話から、彼のその会話術が意外に「中身のないもの」であることを暴露されます。彼はただ、その場の会話の内容や、自分の考えと真逆のことを言っているに過ぎないのです。虎美さんはこう言い放ちます。「白とされているものを黒と言い、黒とされているものを白と言う!言うだけ!かますだけ!お前は本当にそう思っているのか!そういう世界を望んでいるのか!」高校生にしては大人びた発言ですが(笑)、しかし案外「ドキッ」とする読者は多いのではないでしょうか。「自分の考え」をしっかり持たず、その場の雰囲気や流れから「何となく」発言してしまう。右佐くんの場合は極端な例ですが、よく考えると思い当たる節がないでもありません。

また、真鈴バーグマンさんの一方的なマシンガントークも相当面白いものです。その発言に要所要所で的確なツッコミを入れる百々瀬さんのコミュ力にも感心しますが、じっくり読んでいると、なかなか深いものを感じます。さすがにここで解説できるほどの紙幅は割けませんので(この作品中でもかなり長めのトークをする人物ですので)、興味のある方は是非読まれてください。社会のルールや人間の欲望などに対する関心が高まること請け合いです。変なヤツですが。

潮が舞い子が舞いの感想 情けなかった若き自分と重ねて

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とにかく、今まで読んだためしのない種類の作品、という感じを最初に持ちました。

あえて分類するなら「日常系」という風になるでしょうが、ほのぼのとしている反面、内容の密度の濃さにびっくりしています。

思春期の少年少女の気持ちって、歳を取るごとに遠ざかっていくものだと思うのです。(あるいはこちらが勝手に遠くへ行ってしまってるだけかもしれませんが)それはともかく、本作を読んで感じたことは、その「遠ざかっていくもの」に対する、とても絶妙な感受性、についてでした。

阿部共実さんの作品が、一見シュールな作風でありながら、広く好意的に受け入れられている理由は、その「遠ざかっていくもの」または「忘れてしまいそうなもの」を独特の筆致で描き出せているからなのかも、と思ったものです。

誰にでもあったはずの思春期と呼ばれる時期。思いをうまく言葉にできなかったり、伝えたい思いが空回りして失敗してしまったことなど、忘れてしまいたい出来事は誰にでも沢山あると思います。でも、その出来事はたとえ忘れたとしても、決してなかったことにはできないのです。また、大切にしたいと思っていたはずの思い出や、誰かと過ごした他愛のない時間など、忘れたくないと願っていても、少しずつ色褪せていくのを止めることはできません。でもそうした思い出や時間も、確かにそこにあったのです。

阿部さんの作品を読むと、かつての情けない自分がそこにいるかのような錯覚を覚えることがあります。またそれとは反対に、一生懸命に生きていた自分もそこにいるような気もします。そのどちらの自分も限りなく情けなく許せなく、また限りなくやるせなく愛おしいものなのだと、心に訴えかけてくるのを感じます。

本作『潮が舞い子が舞い』は、全体的にコメディタッチですので、読んでいて切なくなったり悲しくなったりするよりは、むしろ爽やかで清々しい気分になる方だと思います。それでも、阿部作品に共通する、「遠ざかっていくもの」に対する感受性はみずみずしくここにも表現されている気がするのです。

おわりに

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タイトルどおりに、海辺の町では潮が舞っています。そして、ここに暮らす少年少女たちも、世界の中で舞いつつ過ごしています。それは時にしょっぱいものであったりしますが、読んでいてとても愛おしくなるしょっぱさに満ち溢れています。是非、一人でも多くの方にこのしょっぱさを共有してもらいたい。そう願いつつ、この名作をオススメします。


とりあえず、寝る前にもう一回読もう、と。
 
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